2008年08月18日

(短編)逃げ水

 それは、夏のアスファルトに浮かぶ逃げ水のように、手の届かないモノで。

・ネタばれ率:佳奈多ルート必須。
・どうしても個人的に理樹は「無意識攻め」な気がするんだ……
・だから必然的に佳奈多は理樹に恥ずかしい思いをさせられる、と。それもまた良し。
・というかそろそろ佳奈多以外を書こうぜ、俺。



 明日から夏休みだというのに、寮会の仕事はやたらと残っていた。その理由の大半は、普段からサボっている男子寮長がずーっと出ていないせいなのだが、もうこればっかりは諦めてる。なので、時期寮長と名高い人間を散々こき使ったりもしたのだが、絶対労働量が少ないせいで終わらないのだ。致し方のないことなのだろう。
 それでも、どうにか後回しに出来るもの、夏休み中にも出来るものはともかく、最低限しなければならないことは終わらせた。あーちゃん先輩と三人、時計の針が縦一直線になる頃合のことである。
 ひと月前に夏至は過ぎているのだが、まだまだ日は大地を照らしていて、要するに暑い。水とかの類は手放せない状態だった。

「ねえ二人とも、夏休みはどうするの?」

 うーんと背伸びしてあーちゃん先輩。

「僕はほとんど寮にいるか、みんなの見舞いに行くか、のつもりです」
「かなちゃんは?」
「だから二木ですっ! ……私も以下同文で」
「アヴァンチュールのない夏休みねえ」

 この人、絶対アバンチュールの使い方を間違ってる。無駄に発音に巻き舌入っていたし。

「あーちゃん先輩、一応私たちは学生でしょう? そんな“ひと夏の体験で生まれ変わったんだZE”的なものはいらないでしょう?」
「かなちゃん、あなたもう風紀委員長じゃないでしょうとかそれ以前に、アヴァンチュールがひと夏の体験とかの系統ってよくわかったわね……」
「だから二木ですって……だいたい日ごろのあーちゃん先輩の話を聞いてたら容易に推測できますが」
「二木さん、時折妙なこと言い出すよね……」
「直枝もっ!」

 どうもこの三人で放課後いることが多いせいか、会話がひどく陳腐なシロモノになってる気がする。それは私が風紀委員長だの幽霊剣道部員だのを辞めた後に拍車がかかってる。つまりは私もそのレベルなのかと思うと、喜ばしいのか頭を痛めるべきなのか微妙な感情がわきあがってくる。

「まあまあまあ。ところで二人とも、寮にいる間は暇?」
「まあ、おそらくは。復帰したみんなも、さすがにあんな事故の後だと実家に帰るだろうし……」
「やはり以下同文で」
「かなちゃん最近会話が手抜きよね……ともかく。暇なら、ちょっと二人にお願いがあるんだけど」
「いやです」
「かなちゃん、いくらなんでも内容くらい聞いてから断ってよー」
「手前のアバンチュールがどうだのの流れからくる頼み事がろくなものだとは到底思えません」
「ひどいよー直枝君、かなちゃんがいじめるー」
「そこを僕に言われても、自業自得かなあ、としか」
「……最近直枝君かなちゃんの肩ばっかり持つよね」
「いやいやいや、そんなつもりはないですから」
「で、くだらないことはどうでもいいですから、その頼み事ってなんなんです?」
「さっすがかなちゃん!」
「だから二木ですっ!」
「まあまあ、二木さんも落ち着いて……で、なんなんですか? やれるものならやりますが」
「あのね、実は私、夏休み中ほとんど寮を空けるのよ。ちょっと就活に火ついちゃってるから、他の地方のとか、あと実家付近とか回ろうと思ってて。そこで、夏休み中の寮長代理を二人にお願いしたいの。予行演習代わりに」
「予行演習代わりに、って簡単に言いますけど、何の予行練習です?」
「もちろん、次期寮長に二人がなるから」
「それ、確定事項なんですねもう……」
「あ、根回しとかしてあるから、寮長になるのはもう紛れもない決定事項よ?」
「……そっちに関してはなんとなくわかってましたし、どうしようもなさそうなんで何も言いませんが、寮長代理って、具体的に何をすれば?」
「まあ、私がやってること全て、だけども夏休み中だからかなり少ないわよ。いるときでいいから、寮長室で二人でお茶飲んでればいいのよ」
「……それ、いる意味あるんです?」
「いないといないで困るでしょう? 普段ラーメン食べてばっかりの巡査も、いざ交番に駆け込んだときにいないと困るのと同じように」
「あーちゃん先輩、例えが微妙で少し古い気がしますが」
「かなちゃんもよくわかったわね……ともかく、そういうことよ。校舎は部活動の関係で普段どおり開いてるから。あとここの鍵は、はい。二人とも一つずつ持ってて。どうせそのうち持んだし」
「はあ……で、直枝、あなたはどうするの?」
「僕もやることあんまりないからね。やるよ」

 
 ***

 で、初日である。

「……暇ね」
「暇だね……」

 私たちは早速、暇を持て余していた。
 夏休み中に残ってる仕事はあるものの、3時間も集中的に取り組めば大半は終わる。朝からいて、昼食をとった後には何もやることが残されていなかった。
 仕方ないので、朝作って冷やしておいた紅茶を飲んで暇をつぶす。

「……」
「……」

 直枝と私の間に、会話にない。そりゃそうだ。普段から話す機会がある以上、改まって話をすることといえば、彼の覚えていないタブー関係くらいしかないのだから。
 やっぱり仕方ないので、紅茶を飲む。我ながらおいしく淹れられたと自画自賛。現実世界に戻ってきて以降、たまにファーストフードやチェーンの喫茶店で紅茶を飲むことがあるが、やはり自分で淹れたものの方が数倍おいしい。

 ……とか思っていても、間は持たない。こんな時ばっかりは、能天気な妹でもいればと思うのだが、あいにくとようやく紛い物からちょっぴり偽物程度まで登ってきた家族団欒状態を邪魔するわけにもいかない。

 ふと直枝の方を見やると、じっと紅茶のカップを見つめていた。それで間が持つのだろうか? おそらくは持っていないと思うけども。俯き加減で表情が見えないため、何を考えているのかよくわからない。
 そもそも、普段から直枝が何を考えているのか、実はよくわかっていない。どうしようもないほどお人よしで、自分の力量以上に人を助けようとして、(周りのサポートが厚いこともあって)それを成し遂げる。そういった性分だというのは事故のときや私が風紀委員長どころか風紀委員を辞めることになった件でも強く思い知らされているのだが、いわゆる普通の部分で、直枝がどういう感情を持ったりしてるのかは、よくわからない。

 じーっと見ていたせいか、直枝が顔を上げて、視線がバッティングする。

「え、えと、二木さん?」
「……今ならわかる。直枝、あなた少しおびえてるわよね? 私に」
「い、いやあそんなことは……」

 ぶつかった瞬間ははっとした顔。それから、冷や汗をかき始めて。あれだ、悪いことして見つかった子供のようで……

「……直枝、何か隠し事でもあるの?」
「いや何でそうなるのさ……」
「だってあなた、今私と視線がぶつかって、思いっきり“やば、この間葉留佳さんが『テストの点悪かったんだけど、お姉ちゃんに言っちゃダメだからね! 怒られるから』って言われたのがばれたのかなあ”って顔してるわよ?」
「いやいやいや、そもそもそういう発想できるのがすごいというか、第一葉留佳さんの点数悪いのはもう二木さんも知ってるでしょ……」
「ああ、そうだったかしら?」
「なんだか、今言いがかり分損した気になってきたよ……」
「いいじゃない。そんなこと言ってると私の淹れた紅茶取り上げるわよ?」
「ごめんなさい……」

 ……いや、そういうつもりではなかったのに、つい癖でやってしまった。

「……ねえ、直枝」
「何?」
「あなたって、普段何考えてるの?」

 だから、フォローもかねて先ほど見てた原因とも言えるものをぶつけてみる。

「何考えてるかって……うーん……」

 顔の前に手をやる。考え事をするときの直枝の癖だ。

「何考えてる、かあ……あんまり、考えて、ってことはない気がする」
「そういうものなの?」
「いや、よくわからないけど、そういう二木さんは?」
「私は一応考えてるわよ? 何を最優先でやらなければならないのか」
「それは二木さんらしいね……」

 少しばかり嘲りの要素が入ってたような気もするが、直枝がそういうことを考えるタイプではないのはわかってるので、気のせいだとしておく。
「だいたい、どうしてそんな質問を急に?」
 質問自体が意外だったのだろう、直枝はそんなことを聞いてくる。

「……少し、気になったのよ」
「何を?」
「普段、あなたが何考えてるのか」

 そう言うと、直枝は少しだけ俯いて、頬を赤く染めていた。その姿を西園さんあたりに見せれば喜びそうだ……じゃなくて。

「あ、別に特別な意味はないわよ? ただ、結構一緒にいること多いけど、よくわからないのよ、あなた」
「そんなこと僕に言われても……」

 まあ、それもそうか。意識的に考えてることでもない限り、自分では把握できないか。
「あ、でも一つあったよ?」
 と思っていたら、直枝がどうやら一つ見つけたようだ。

「みんなと、楽しく過ごせればいいな、って。まるで恭介の言いそうなことだけど、僕もそう思ってる。たとえば、早くみんなの怪我が治って、遊びたいなあ、とか。この場合のみんなってのは、リトルバスターズのみんなもそうだし、二木さんも入ってるよ」
「……あ、ありがと」

 ……少しだけ、嬉しくなってしまった。
 彼の世界は、ある意味棗先輩と同様、割と単純、というよりも一直線なのかもしれない。
 楽しく過ごす。言うは易し行うは難しの典型例。
 その中に、わざわざ付け足してまで私が入っているのは、嬉しい。
 それが、そればっかりは直枝がどれだけがんばっても実現不可能なものであろうとも。

 紅茶に口をつける。さっきまでおいしいと感じられたのに、味がわからなくなってしまった。

「あ、だからこうして二木さんと紅茶飲みながら喋ってるのも僕は楽しいよ? 紅茶おいしいし」
「そ、そう……」
「二木さんは、どう思う?」
「私? 私は……」

 まず間違いなく、直枝と二人紅茶を飲みながら喋っているこの状況のことについて、だろう。
 本当なら、こんな状況はよくないのだ。夢の続きなど現実世界には存在しないのだから、あの世界で幸せになれても、実際にはなれない。だから、今このような状況になるのは、本当はよくないのだ。後で味わう絶望が、より過酷なものになるのだから。彼がどんなに強くなっても、葉留佳が無事にいても、覆せないのだから。

 だけど。
 仕方ないのだ。

「……嫌いじゃない」

 今目の前にいる人物が好きだってことは、夢の世界においてきたつもりなのにいつも顔を出してくるのだから。

 改めて口にした紅茶は、最初と同じように、おいしかった。




 

「あーごめんごめん、忘れ物を……って、もしかして二人取り込み中だった? それとも本当にアヴァンチュール中だった?」
「……あーちゃん先輩」
「な、なにかな、かなちゃん」
「さっさと就活に行きなさいっ!! それとかなちゃんじゃなくて二木っ!」
「は、はい!」

posted by ys at 00:09| Comment(0) | 短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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