2008年08月14日

(短編)first tale

 それは、世界の始まりにあった、少しだけ悲しい話。

・ネタばれ:全体ネタばれのみ。Refrainはクリア推奨。
・途中まで一気に書いて、そっから中一日とあいたせいか中だるみ・終盤失速気味。
・本当にそうだったかはわかりません。考察はテキトー。


 どれほどの間、私は願ってきたのだろうか。考えたくもない。
 どれほどの間、私は堪えてきたのだろうか。考えたくもない。
 カレンダーを一枚めくるたびに、壊れゆくナニかに抗い、零しては必死にかき集めてを繰り返す日々。
 どれほどの間だったのかを、私は知っているが、数えたくない。数えたらそれはこれからを無意味なものにしかねない。


 ***

 一報が入ったとき、私は軽いまどろみの中を泳いでいた。
 山間を縫って進む峠道。向かう先は修学旅行の定番である高地で、しいて言うなら辛い思いをしているルームメイトをこの旅行でどうにか励ますことしか興味のなかった私は、ただひたすら窓の外を後ろへ流れていく緑に目を向けていた。周りの級友たちは高地特有の濃緑色の世界や眼下を流れる川の透明さに驚いたりしてはしゃいでいたのだが、あまり興味が向かないし合わせることもしない。誰もがわかっているのだろう、私にあえて会話を振ることもしない。
 いい加減同じような光景が続いて、いつしか私は瞼を時折閉じるようになっていた。峠道の左右の揺れがちょうどいい按配となって私を眠りの世界へいざなう――

 気持ちよく揺られていた私に飛び込んできたのは、担任教師の絶叫だった。

「バスが、落ちたああ!!?」

 その一声は私を覚醒させるとともに、あれほど騒がしかったバス車内に冷水を浴びせる効果も持っていた。
 担任は周りが聞いていることも忘れて、山間でもつながる文明の危機に怒鳴りちらす。


「ど、どこのバスが!?」

 その先に待っていたのは、暗闇。
 聞きたくもない組の名が、担任の手にした携帯から、最前列に座っていた私へと飛び込んできたのと同時に、私は意識を失った。


 ***

 現実というものはかくも辛いものなのかと、幼い頃から私は常に思い悩んでいた。
 ろくでもない場所に生まれ落ちたが故に、愛情を受けることはなく、代わりにあるのは悪意に満ちたヒトたちの視線だけ。
 幼子たちが交わした約束すら、奪い去ってしまう閉塞世界。その中で、私とあの子は生きていた。
 過酷な現実。磨り減る。神経。逃げ道のない、奪われるだけの存在。唯一の絆すら、いつしか失われていく。


 ***

 目を覚ました私はまず、その場所がありえない場所で、いっきに頭が冴えていく。
 あたりを見回し、時計を手にすると、デジタルのディスプレイが、やはりありえない日付を示していた。

 ――夢?

 まず真っ先に、これまでの2ヶ月弱の記憶の信憑性を疑う。が、信憑性を疑うには材料が足りない。それどころか、記憶は鮮明に脳裏に刻まれており、たいていのことならいつ何をやったか覚えている。夢にしては、はっきりしすぎている。
 じゃあなぜ私はまどろみ気分から吹っ飛ばされたバスの中ではなく、寮の自室で、いくぶんか日付を戻した状態で、布団に包まって朝を迎えたのだろうか。
 仕方がないので、自分の頭が壊れた可能性を次に疑う。残念なことに、いつ壊れてもおかしくない要素がそろっている状態で、なおさら壊れたくなる現実が降りかかるところだったのだ。一切合切を拒否して、いわゆる自我の世界に引きこもってもおかしくはない。
 そこまで自虐的に引っ張ってみたところで、やはりゴミ箱に捨てる。どこの自我崩壊引きこもりがこんな論理的に物事を考えられるというのだろうか。なったことはないが、多分ない。


「……明晰夢?」

 なら逆にこれが夢の中で、今私は夢の中でも自分を感知できる、いわゆる明晰夢という状態なのではなかろうか。とりあえず頬をつねってみるが、痛い。だが痛いことが夢であることを示すのか、それとも違う可能性を示すのかもわからない。
 ようは今、わからないことだらけなのだ。大雑把に分けるなら、これが夢か、先ほどまでが夢か。どちらの可能性も捨てがたい。どちらかわからないのだから、とりあえず普通に動くしかない。仮にこれが現実だった場合、適当に動くと後々面倒になるのは目に見えた結論、である。
 目を覚ました時間は、通学時の平均的な起床時間であり、いつものように少しけだるい。根本的に睡眠時間が足りてないのは、いずれにせよ共通、らしい。まあ、日曜日(時計上では、の話だが)なのでこの時間に起きる必要はないとは思うのだけど。
 面倒だなあ、と一人ごちて寝巻きを脱ぎかけて、そういえばと周りを見回す。
 私は、この部屋に、一人でいた。どうやら夢か現実かはわからないが、現時点においては、私は独り身、ということらしい。夢か現実化はわからないけど、さっきまでのことを振り替えってみても、確かにこの時はまだ一人だった。


「……そうね、さっきまでのことが起こるかどうかをチェックすればいい」

 誰もいないので、自分自身でわかりやすくするために声を出して、この先を決めていく。
 とりあえずはと、今日あったことをメモ書きしておく。確か、特に大きな出来事はなかったような、と思って最後の最後にいざこざがあったことを思い出す。あの子がよく行くクラスの井ノ原さんと宮沢さんが、寮の食堂で取っ組み合いをしだして、そこに三年の棗先輩が仲裁に入ると見せかけて自体をややこしくして、最後にその妹の棗さんが井ノ原さんを蹴り静めていた。それを終始おろおろと眺めていたのが、あの子と仲の良い直枝理樹。いわゆる、面倒なメンバーである。
 このメンバーにあの子やクドリャフカらも交えて、この後「リトルバスターズ」なるものを名乗ってはなぜだか野球やら面倒ごとやらをしだすのだが、さて、それは現実にあったのだろうか。それともこれから起こることなのだろうか。


「まあ、今から考えても仕方ないわね……」

 ぽふっと、ベッドに身体をうずめる。先ほど反射的に身支度を整えようとしていたが、時計を信じるなら一応日曜日、休みである。この時間から起きるのは少しもったいない。このままもう少し惰眠を貪って日ごろの睡眠不足を解消したい。もしかしたら、寝たら元に戻る……

「っ!!?」

 慌てて身体を起こす。
 冗談じゃない。先ほどに戻るということはつまり、あの子の乗っていたバスが谷底に転落した、ということになる。ただで済むわけがない。
 考えたくはないが、ある可能性だってなくはない。


「冗談じゃ、ないわよっ……!」

 本当に、冗談じゃない。さっきのがもし現実だったのなら、これまでの私の人生とか、生きてきた意味とかが全否定されたことになる。まさに奪われてばかりの人生であり、その先に光はない。

 眠るのが、怖くなる。
 それどころか、全身を震えが襲い始める。


 もしかしなくても、私は今、ほんの少しの絶望の世界と、限りなく深い絶望の世界の狭間にいる。

 ***

 この世界には、私の手をつないでくれる存在は一つだけだった。
 この世界には、私のことをわかってくれる存在は一つだけのはずだった。
 壊れなきゃ、生きていけたのに、壊されてしまった。
 ほとんど、生きる価値は失っていた。
 壊われたものが直るかどうかだけが、私の希望だった。


 ***

 ベットの中でひたすら震えながら、私は時間が過ぎてゆくのを待っていた。
 精神状態が一気に極限まで吹っ飛ばされた状態なので、眠気に襲われるものはなかったものの。恐怖が私のすべてを支配していて、動くこともままならなかったのだ。
 どうにか動けるようになったのは、目を覚ましてから時計の長針が1週半を回ったあたり。
 ……単に朝食の時間になったせいだ。現実か夢かは定かではないが、おなかがいつもどおりの欲求を発し、のろのろと食堂に向かう身支度を整えた。

 食堂は休みの日ということもあり、それほど人が多くはなかった。適当にパンケーキセットを注文して受け取り、座る場所を探し始めたところで、隅のほうに見慣れた“ルームメイト”がいるのを発見。

「クドリャ……」

 名前を呼びかけ始めたところで急制動。
 もしこれが現実の場合、彼女は私のことをほとんど知らないはずだ。そんな人間にいきなり声をかけられたら驚くこと請け合いである。
 だが、残念なことに私の精神状態も相当すさんだものとなっていたので、少しでも知っている人間のそばにいたかった。と同時に、少しでもここがどういう場所なのかを知りたかった。


「ねえ、こちらにご一緒してもいいかしら?」

 われながら見事な他人行儀に一人傷つくが、致し方ない。声をかけた相手――クドリャフカはというと、こちらを見上げて、

「ええ、いいですよ、か……っ!?」

 あちら側の最後のほうに見せていた、疲れた表情で、おそらくだが私の名前を呼びかけて、止めた。

「え、ええいいですよ。ありがとうございます、二木さん。こんな私と一緒に、なんて」

 変わりに言い直された言葉には戸惑いと自虐成分が多分に含まれている。
 どこからどう見てもおかしいし、そもそも私の名前を言葉にしようとするのがおかしいのだが、あまり下手なこともできないので、愛想笑いを返して正面に座る。


「こんな私と、なんて言葉は良くないわよ、能美さん。あなたは素敵な人だと思うわよ」

 パンケーキを口にする前に、私の本心を述べておく。この子がとてもいい子だというのは、あれが全部嘘だったとかでもない限りは間違いないのだ。
 まあ、あまり面識がない状態のはずなので、いきなり他人にこんなことを言われると面食らうのは間違いないのだが、先ほどの“私の名前を呼びかけた”という事実が気になったのであえて投げかけてみたのだ。
 私の言葉に対して、クドリャフカは驚く、という反応ではなく苦悩の表情を浮かべっぱなしであった。

「いえ、私はダメな子なんです。本当は願ってなんかいけないし、願う資格もないのに、願ってしまった。だから、こんな子なんです」

 はっきりと聞こえた部分自体は、理解できない。だが、その後小さく呟かれた「夢の中の佳奈多さんにいっても仕方がないんですけどね」という言葉を、私が聞き逃さなかったのは幸運といえよう。

「……ねえ、唐突にこのような質問をするのは失礼かもしれないけど」

 俯きっぱなしのクドリャフカに、あえて聞く。

「さっき、“いつものように”私のことを名前で呼ぼうとしたわよね? ……クドリャフカ

 私の呼び方もまた、あちら側でのいつもの呼称を使う。それに驚いたのだろう、クドリャフカの顔があがる。

「佳奈多、さん……?」

 開かれた目。震える唇。自然とこぼれる、いつもの呼称。

「……どうやら、この不思議な状態を味わってるのは私だけではない見たいね、クドリャフカ」
「佳奈多さん、佳奈多さんですかっ!?」
「ええそうよ。私以外にこんな人間以内と思うわよ?」「なんで、なんで、でも……」


 ふらふらと立ち上がり、こちらに近寄ってくる小さな身体。その身体が、すぐ手を伸ばせば触れられそうな距離に近づいたところで、

「か、佳奈多さぁぁぁん!」
 クドリャフカは私に飛びつき、大粒の涙を流すのだった。



 ひとしきり泣きじゃくったクドリャフカをなだめて落ち着かせたところで、食事を再開する。この場でいろいろしゃべりたかったのだが、クドリャフカがある程度のことを知っていると自ら言ってくれたので、場所を変えることにしたのだ。
 向かう先は私の部屋。


「さて、クドリャフカ。これは何がどうなっているのか、教えてちょうだい」

 互いにベッドに腰掛けたところで、話を切り出す。
 私の質問に対し、クドリャフカはしばしの逡巡を見せた後、「今から言うことは、きっと佳奈多さんにもつらいことです。それでも、受け止めますか」と投げ返してきた。もともと辛い現実を過ごしてきた身である上、先ほどから沸きあがってくる恐怖感が、ある推測を導いていた。受け止め体制は万全である。


「遠慮なく話してちょうだい。覚悟は、してるから」「……わかりました」

 クドリャフカの口から、この場のことが告げられていく。
 曰く、ここは夢の世界のような場所であること。
 曰く、この世界は、あのリトルバスターズのメンバーが作り上げていること。
 曰く、その目的は、直枝理樹と棗鈴の二人を強くすること。


「……なら、現実は、どこに?」

 震える唇をどうにか制御して、声をつむぐ。正直二人を強くする云々の部分自体に興味は持てないのだが、なぜそうする必要があるのか、私の中で推測はすでに成立していた。

「現実世界で、私たちは修学旅行中、落石に巻き込まれ、乗っていたバスは谷底へと……」
「……辛いのなら、言わなくていいのよ。でも、もし言えるのなら、聞かせて。……クドリャフカ、あなたは生きているの?」


 自分でも、ひどく残酷なことを聞いているのはわかっている。でも、そうでもない限り、二人を強くするなんていうフレーズに意味合いが持てない。
 あの二人が、今のリトルバスターズのメンバーを失った、と仮定した場合。きっと世界に絶望することになるのだろうか。だから、強くする必要があるのだから。
 クドリャフカは二度三度と首を横に振って答えてくれた。


「正確には、まだ生きている、んだと思います。でないと、たとえ不思議な世界の中でもこうやって自我を持って存在できないでしょうから。そして、同じことが他の方々にもいえるかと思います。ただ……きっと、私も、皆さんも、助からないでしょう。恭介さん……この世界を作ろうとはじめに考えたのが恭介さんなんですけど、恭介さんの話だと、リキと鈴さん以外が助かる可能性は限りなく低いだろう、って。二人以外は、ぶつかった衝撃でバスのいろんなものに挟まれたりした状態のまま気を失っていて、そして、やがて火の手が上がって、それで、それで……っ」「もういいわ、クドリャフカ。ごめんなさい、そして、ありがとう。話してくれて」

 ……自分が死ぬであろう、という話をして気を確かに持っていられる人間がいるわけがない。まして、クドリャフカの場合は上乗せ分が存在している。
 そっと自分のほうへと抱き寄せ、頭をなでる。胸の中からはしゃくりあげる声だけ聞こえてくる。

 クドリャフカをあやしながら、自分の精神とか、そういったものも徐々に暗い闇の奥底に引き込まれていくのを感じる。

 現実に戻ったとき、そこはもはや希望も何もない、ただの暗闇なのだということが、わかってしまったから。

(……っ)

 唇をかみ締め、声を漏らすのだけは堪える。今私の腕の中にいる、震えっぱなしの小さな女の子もまた、先のない暗闇の中にいるのであり、その絶望は私のとは比較にならないであろうものなのだから。

 私のような、最低の人間に、神様など振り向いてやくれない。
 それどころか、クドリャフカのようないい子にすら、神様は何の施しも与えてくれはしない。

 ――神様なんて、いやしないのだ。昔からわかっていたこと、だけど。

 ***

 この世界に神様なんていない。
 幼心にすらわかることだった。

 いたら、私たちを助けてくれてるはずなのだから。
 何も起きないのだから、神様など、いないのだ。

 いないのだから、私たちは、泥水の中を這い蹲っているのだ。

 ***

 ――佳奈多さん、あと、これだけは覚えておいてください。

 部屋を出て、ある人物を探しながら、先ほどのクドの話の続きを復唱していた。

『私たちは、みんな、段々と何かが欠けていきます』
『……どういうこと?』
『持っていると、この世界が持つ意味が、なくなる可能性があるからです。矛盾が生じたり、あるいは予期せぬ出来事が起きたり。そういったことを極力防ぐため、たとえば記憶とか、そういった他人に影響を与えるようなものがなくなっていくこともある、と恭介さんが仰ってました』


 ……言わんとせんことはわかる。もしみんなが記憶を持ちっぱなしだということに直枝や棗さんが気づいたら、色々と不都合が生じるだろうということは想像するに難くない。だが、同時にそれは。

「駒、としか思っていない、ということよね……」

 この世界の設立の人間。棗恭介。
 彼は、自分自身を含めた全ての人間を駒として使う気なのだ。

 たった二人が迎える絶望を、ほんの少し小さくするためだけに。
 ……なら、あの子も、駒なのか。

 歯の軋む音が、頭蓋骨を伝って耳に入る。
 どこだって、神様なんていやしない。使う人間と使われる人間と、それだけなのだろう。

 自然と、歩みのスピードが上がる。記憶が確かなら、就職活動のため夕方帰宅だったはずだが、ここでそんなことをしているはずはない。どこかに隠れているのだろう。探しても見つからないような気もするが、見つけ出さない限り、自分の中で湧き上がってくる黒いモノを抑えられそうにない。

 予想に反して、彼をあっさりと見つけることに成功する。しかも、寮の自室にいたという、運が悪ければあの二人にも見つかりそうな場所に。
 応対してくれた彼のルームメイトに、込み入った話があるということで部屋から出てもらうのと入れ替わりに中に入っていく。彼は二段ベッドの下段で、壁に寄りかかるように座っていた。やや俯き加減で、その表情は私の場所からは見えない。


「棗先輩。風紀委員の二木です。少し話があるのですがよろしいでしょうか」
「……なんだ?」


 上げられた顔。そこには驚きも何もない、無表情だけ。

「最近特に問題になりおうなことをやってないと思ってるんだがな」
「ええ、風紀委員も今のところは特に何も。それ以外で、用があるんです」
「ほう、悩み相談かなにかか? それだったら掲示板に専用の投稿フォームにあ」
「この世界が終わる時、葉留佳や、クドリャフカは助かるようにできないのっ!?」


 言葉を途中で遮って私の口から発せられた声。最後の方は絶叫に近かった。

「なんのことだ、俺にはさっぱり……」
「クドリャフカから聞きました。この世界は、直枝理樹、そしてあなたの妹だけを助けるための世界なのでしょう?」
「……どういうことだ? 俺たちリトルバスターズ以外の人間は、全て創造したものだと思っていたんだが」
「そんなこと私に聞かれても答えられるわけがないでしょう! それよりも、私の質問に答えなさいっ!」


 それはある種の期待、だった。よくはわからないのだが、世界を抜けた後の結果を変えられるのなら、あの子やクドリャフカが助かる可能性だって増やせるはずだ。
 だが、首は横に振られた。


「残念なことに、それはできない。いや、不可能“だった”といったほうが正解だ」
「なぜ? 二人を助けられるのなら、その対象が葉留佳や、クドリャフカにだって……」
「……なあ、どうして俺が、こんな世界を作ったのか、わかるか?」


 私に向けられた視線は、見るもの全てを射抜くように、鋭く。

「どう考えたって、あいつら二人だけが生き残る可能性しかなかったんだよっ!」

 私に向けられた声は、聞くもの全てを吹き飛ばさんとばかりに、大きく。

「おまえに言われなくたってなあ、考えたさ! みんなが助かるよう、あらゆる可能性を突き詰めて。時には一人、また一人と生き残る人間を減らしていって。でもなぁ、無理だったんだよ。目を覚ますのは理樹と鈴の二人だけ。そして、あの二人に他の人間を運び出せるすべは持ちあわせていない。そうこうしているうちに、バスは燃え上がる。誰もが、業火に焼かれ、死んでいく。唯一、あいつらだけが、目を覚まし、逃げ出せる可能性を持っているんだ。それしか、方法がねえんだよ……」

 ――そう、私は忘れていたのだ。今目の前で、涙を流しながら叫んでいる人物もまた、先にあるのが絶望だけなんだ、ということに。

「……ごめんなさい。棗先輩、も……ごめんなさい」
「いや、二木の気持ちもわかる。だから謝らなくていい」


 全ては、現実世界に根付く不条理が悪いのだから。
 誰にも、何にもぶつけられないもどかしさは残ったまま部屋を後にする私。そこに投げかけられた言葉は、彼、そして私の絶望の全てを、表していた。

 ***

 どれほど、暗い闇の底に沈められていたとしても、私たちは進まざるを得ない。
 希望を失って、人形に成り果てたとしても。


 ***

 何も得られないばかりか、他の絶望すら抱えてしまった状態で部屋に帰り、ベッドに寝転がる。

 私は、どうすればいいのだろうか。そもそも、なぜ私はここにいるのだろうか。棗先輩に聞いてみたのだが「すまん、俺にもわからない。……もしかしたら、誰かが引き寄せた、のかもしれないがな」という答えだけ。あの子が呼び寄せる、なんてことは考えられないから、ただの気まぐれなのかもしれない。

 私は、どうすればいいのだろうか。
 本来ならここにいるはずがなかったのだろう。単なる傍観者、でしかないのかもしれない。

 ……あ、そうかと、ひとつだけやることを思いつく。きっと、それくらいなら許されるに違いない。

 あの、悲しみしか抱けない現実を、もう一度――



 これが、この、悲しく、だけどほんの少しだけ温かい世界での、第一歩、だった。
 そして、世界が終わりと始まりを迎えるたびに、もう一度、もう一度と私は願い続けるのだった。

posted by ys at 01:33| Comment(0) | 短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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