2008年08月05日

(短編)choice

 それは、冷たさだけを残す、薄荷の如く。


・ネタばれ率:葉留佳ルート100%・佳奈多ルート20%・全体75%
・If設定度65%
・約6千字





 気がつけば、葉留佳のことを懸命に“救おうと”する、あの少年の姿ばかりを視界にとらえていた。

 直枝理樹。

 ある種、私と同じ孤独な人間。彼のその手は、もう棗鈴しか握ることが叶わないのだから、孤独というほかない。
 そんな男が、葉留佳を救おう、などという馬鹿げたことを始めたのは、幾度も見た光景の中の一幕からだった。脳裏に三年の問題生徒がちらつく。どうやら、今回は葉留佳がメイン、らしい。

 ……馬鹿げてる。

 どれほどあがいても、どれほどもがいても手に入れられなかったものを、かりそめとはいえ手に入れようと努力するなんて馬鹿げてる。私ですら、何もかもを壊してすら手にできなかった大事なもの。それを、仲間が助けないとどうしようもない人間が、手に入れるための欠片を一つ一つ集めているのだ。

 まったくもって、馬鹿げている。

 馬鹿げているのに、そしてそれは無駄なものなのに、彼は葉留佳を救おうともがいている。
 そして、私はそればかりが気になるのだ。


 繰り返した各々のシナリオをなぞるように、彼はまた葉留佳を一つずつ、導いていく。
 私がどれほど望んでもできなかったことを、この世界の中で、彼はこなしていく。

 見ていると、私がただのピエロにしか見えなくなる。
 こんな場所ですら、私は同じセリフを吐き続けることに終始しているのに、彼は進める。私だって進もうと思えたのなら進めるはずなのに、彼と葉留佳しか進めない。

 ほんと、馬鹿げている。 

 馬鹿げているのに、どうしても私は気にしてしまう。
 だから父親とも会いに行ってしまい、そしてこの世界の主人公が私ではないのだということを強く感じるのだ。

 ――やめて。

 残された時間は多くはない。彼が進めるたびに、葉留佳の存在は希薄なものになっていくのに。
 ……私が望んだものが、消えていくのに。

 

 ――なんでそんな、私たちのために、無駄なのに、貴重な時間を費やせるの?


 ***
 

 昨日の父親の、ある種の拒絶を反芻しながら鏡に向かう。手には、拝借してきた飾り物。この飾り物を付けて、私はピエロになる決心をしていた。

 鏡の前でそっと、呼び方を練習する。

 ***


 箱の中にしまっているシフォンケーキからは、甘い香りが漂ってくる。適度に合わせられるジャムと簡単なセットを持って中庭に向かうと、いつも葉留佳を待っているのと同じように、彼がそこにいた。
 適当に会話を交わして、シフォンケーキを一口勧める。

「あれ…こないだよりおいしいね」
「そう?ありがと」

 言葉が心に吸い込まれていくのは、きっと私がピエロになりきれた証拠なのだろう。
 特に問題もなく、シフォンケーキを食べさせることに成功し、その後も頭をぶつけたり袖がめくれそうになったりと軽いトラブルは起きるものの、彼はなにも違和感を感じることなく食べ進めていった。

 そして、きりのいいところで、大事な言葉を口にする。


「やっぱり、ここで止めようかな」
 ――ここで、もう終わりにして。時間を奪わないで。


 葉留佳が言いそうな言葉を選んで、理を作り上げていく。

 マイナスの押し付け合い。
 そんなものほんとは二度と生まれないけど。
 もしかしたら、本当に葉留佳が思ってくれてる、かもしれないけど。

「諦めても……いいと、思う」

 彼の答えが、私の望んだものになり、気づかれぬよう嘆息する。

 ……もうひとつ。
 彼の、少年とは思えない綺麗な頬に口づけを添えて、

「……私のこと、これ以上好きになっちゃ、ダメだからね?」

 ダメを押した。


 ***

 戻り際にこっそりと拝借したものをもとに戻し、部屋に入る。幸いなことに、小さなルームメイトは不在のようだった。
 制服がしわになるのも構わず、ベッドに転がり天井を見上げる。

「は、ははっ……これでもう、大丈夫」

 自然と漏れ出る安堵の言葉。大丈夫、少なくともまだ今回は大丈夫。まだ一緒にいられる。
 自分の成し遂げたことに、湧き上がる罪悪感を無理やりねじ込んで、ただ達成したことだけを心の中で膨らませていく。

「……これは、余計だったか」

 行動を振り返って満足感をあおる中、彼の頬に口づけした部分だけがやたらと脳裏にこびりついていた。
 葉留佳が好きな、少年。
 そして、葉留佳のことを救おうとしていた少年。

「……夢の中なのだから、ノーカウントでいいわよね」

 誰にでもない言い訳をしてから、瞼を閉じる。すぐに、睡魔が全身を支配してくれた。


 ***


 ようやく得られたであろう安穏の世界は、つつましくも進んでいく。
 その中で私は、おそらく意図されたキャラクターそのものを全うにこなしていく。

 廊下に貼られた新聞をきれいにはり直していると、孤独な主人公に久方ぶりに出くわした。

 どうやら特に用はないようだが、なぜか私のことをじっくりと眺めている、そんな印象を受ける。彼自身にはそんな甲斐性など持ち合わせてないだろうから、何かこの間のことで失敗でもしたのだろうかと、少しばかり身を引き締める。

 だが始まるのは単なる会話。杞憂のようだったので、一言二言、ついでにこの世界そのものも対象に含めた皮肉を最後に、その場を後にした。


 ***


 ――この世界は、まだまだ続けられるはず。彼女の言うことは、遅かれ早かれそうなるだろうが、まだ時間はあるはず。
 さあ、この世界をまた、終わらせてしまおう。
 私と、大切なもののために。


 ***


 彼をからかうのは、実に簡単だった。この姿で、小さく囁くだけで照れてくれるのだから楽でいい。
 そのまま放課後のおつきあいに誘い、少しばかりストレルカたちと戯れて気を紛らわせる。

 きっと、今からやろうとしていることは、私に似合う最低なこと、なのかもしれない。

 だけど、間違いなく今をリセットしてくれる。未だくすぶる彼の心を冷ましきるには、これが一番いいはずだ。

 用意していた言い訳を使って、保健室へ。
 この時間帯、教師がいないことは調査済み。保健室は自由に使える。何度も通っているのだから分かってる。

 ゆっくりと、自分の心を落ち着けながら、どうにか場の空気を作り上げていく。

 大丈夫、これも夢なのだから。ノーカウントでいい、はず。
 ゆっくりと唇を近づけていく。これもノーカウントでいいはずだから、1回も2回も関係ない。
 相手が直枝理樹、というのもノーカウントなのだから関係ない。

 でも、身体は震える。
 ……別に、厭じゃないのに。

 意を決して、私からかぶさっていく。
 
「……理樹くん」

 彼の心に手を当てると、私と同じくらい激しく脈打っていた。

「……してもいいよ。理樹くんが望むのなら……」

 ボタンをはずし、ブラジャーをはだけさせ、スカートもショーツも脱ぎ去る。大丈夫、肝心なところは、見えてない。

「……あなたが望むことなら、なんだって叶う。私はそれぐらいあなたのことが好きなんだ」

 海外ドラマのセリフ。でもそれはある意味、この場にもっとも適したセリフだった。
 のに。

「葉留佳さん……先生がいつ帰ってくるかわからないから。だめだよ、葉留佳さん」

 彼は、この状況から推測できる進め方を、切り捨てようとした。

「いいじゃん、理樹くん……今は誰もいないんだし」
「そういう問題じゃないよ、葉留佳さん」
「誰も見ていないから、だいじょうぶだよ」

 無理やりに進めてしまおうとするが、うまく身体が動かない。大丈夫、大丈夫、ここはそういう世界で、相手は直枝理樹なんだから、きっと大丈夫、うまくいく……

「……」

 はずなのに。

「……もう、止めようよ。二木さん」

 彼は、私の眼をじっと見つめて、ピエロの仮面を剥がす魔法の言葉を口にした。

「……どこで、気づいたの」

 落ち着いてしゃべろうとしたのに、声が震えてしまう。

「掲示板の掲示物を剥がしてたとき、かな。あの時の二木さんは、今までの付きものが落ちたように、僕へ攻撃的な感情を向けることはなかった。それが、気になって、でもなんでかわからなくて、何か言おうとする前に君は行ってしまった」

 彼の眼は、揺るがず私を見つめて続ける。

「気になってたせいだろうね、残り香の香りが、違和感を感じた時の葉留佳さんと同じだってことに、気がつけたんだ」
「じゃあ、あのときのは」
「その時はわからなかったけど、今ならわかる。あれもこれも、僕が葉留佳さんのことをあきらめられるようにするため、だよね」
「……今日は最初から」
「犬笛を使ってたから、わかってた。何をするのかまではわからなかったから、止められなかったけど」
「じゃあ、このままやり直して、私を抱く代わりに二度と葉留佳に近づかないで、といったら」

 眼前の少年は、首を縦に振ることはしない。

「だめだよ、二木さん。これじゃあ、何も解決しない」
「いいのよ、解決しないで。願いが叶うことは決していいことばかりじゃないのだから。それよりも、今目の前にあるささやかな悦楽を取るべきだと思わない?」
「……わかってる? 今、二木さんは、」

 腕が、ゆっくりと、私のそれへと、伸びて、

「こんなにも、震えてるんだよ?」
「……っ!」

 捕まった。震えてた拍子で、少し、袖の口がまくれ上がる。

「どうやったら、こんな状態の女の子、を……」

 そして、私の最低な部分が、視認できる状態になって。

「ふたき、さん……? まさか、君、は」

 彼の言葉は、言い終わる前に、私の絶叫ですべてをかけされてしまっていた。


 ***
  

 なんで、どうして!
 どうしてこうもうまくいかないの!?
 あいつらは消えてはくれない、葉留佳は約束を忘れてしまっていて。
 そして今、傷の付け方すらろくにできない。
 もう、いっそのこと、あのときみたいに……


 ***


 気づいたとき、私は彼の腕の中に抱かれていた。

「もう、大丈夫?」

 状況自体は、さっきと何も変わってはいなかった。保健室の中で、ベッドの上にいる私と、下になる直枝理樹。ただ違うのが、その身体が密着していて、彼の制服は涙でぬれぼそっていたことくらいだ。

「……離して」
「ごめん、状況が状況だけにこんなこというのはどうかとも思うけど、今の二木さんを離すわけにはいかない」
「……離して」
「今離したら、きっと、何もかもがなくなりそうだから。だから、離せない」

 私の抵抗はすべて排除されてしまう。逆に、クド以外で感じる、久しぶりの人の温かさが、私をとらえて離してくれない。

「それは、私のことを思って? それとも、葉留佳のために?」
「……二人のために、だよ」

 私の背中にまわされた腕に、力がこもる。
 より強いぬくもりが、彼から伝わってくる。

「二木さん、君は、さ。たぶんだけど、君自身にとってはとても残酷なことを課して、葉留佳さんを助けようとしてた、んじゃないかな。今この状況に陥ってることもそうだけど、君は、葉留佳さんを守るために、自分自身を犠牲にしてきたんじゃないか、な」
「……」
「何も言わなくていいよ。きっと言うだけで辛いだろうし、今までの言葉を振り返ってみると、誰かに言うだけで壊れてしまうような状況で、一人闘ってきたんだろうっていうことが、わかるから」

 服越しに、心音がとくとくと響いてくる。そのリズムはクドのものとまた違う形で、私を落ち着かせてくれる。

「僕にできること、ないかな? 二木さんと葉留佳さんが、辛い思いをしなくて済むように」

 そして、ここまで来て初めて気づくのだ。
 葉留佳が彼にひかれた理由が、この純真な瞳と、温もりを与えてくれることだということを。

 とても今さらなので、私は思わず自分自身の最低さに笑い、でもその対象が私に向けられてはいけないことを思い出しては笑い、そして、この場の全てが、もうトリガーとなっていることにやっぱり今さら気づいてはまた笑ってしまう。

「な、なんで笑うのさ……」
「出来ることは、あると思うわ。ただ、もう今回は出来ないのよ。ほら、聞こえない? 終わりの音を」
「何を言って……え?」

 当然だ。私が起こしていることは、この世界の中でのエラーであり、彼を間違った方向に進めかねない。おまけに、私のこの感情もまた予期せぬものであろう。だから、ゲームマスターがリセットするのは自明の理なのだ。もともと私はそのためにこうしてきたのだから。

 ゆっくりと、空間が引き裂かれていく。保健室だった場所が、バラバラと崩壊していく。

「こ、これはいったい!?」
「……少しだけ、最低な結末にようこそ。直枝理樹」
「二木さん、これは何が起きて、っ!?」

 何も知らない少年の唇を、そっとふさぐ。今回はもう終わるのだから、ノーカウントで構わないだろう。

「あなたは、ほんの少しだけ、間違えてしまった。この場にいること自体が間違ってるのだから、次は間違わないでちょうだい。あなたが救えるのは、ほんの一握りしかない」
「何を言ってるかわからないよ、二木さん……」
「たぶんこの先もあなたがわかることはないと思う。ただ、私はわかってるから。だから、次は間違えずに、最後まできちんと、進みなさい。さようなら、そしてまた会いましょう。直枝理樹」



 きっと、次に会う私は、少しだけ角が取れた人間になっているだろうから――



 ***


 カーテンの隙間から差し込む光に目を覚ますと、机の上に置かれたデジタルの目覚まし時計が、すでに見慣れてしまった日付を表示していた。
 どこも、なにも、変わった部分はない。どうやら致命的なエラーとかは起こさずに済んだようだった。

「これで、よかったんでしょう?」

 今回のことをすべて反芻した後に漏れ出た言葉。別に誰にあてたつもりもなかったのだが、

「……ああ」

 音もなく現れたゲームマスターから返答が返ってきた。

「女子寮云々以前に、寝起きの女性の部屋に急に登場するのはどうかと思うんですが」
「いや、まあその、イレギュラーケースにはそれなりに対応しないとまずいからな!」

 あまり関係性のない私から見ても、一種の完璧さを持つ人間が見せた狼狽は、少しばかりささくれていた私の心を解きほぐしてくれた。

「まあ、ありがとうな、二木。これで理樹は、次は間違えない」
「だといいんですけど」
「おまえもわかったろう? あいつは、弱いふりしてるだけで、本当は強いやつなんだ」

 それには何も答えない。
 ある意味この世界のすべてを否定しかねないセリフを、当のマスターが言ってしまうのはいかがなものかと思うだけにとどめておく。

「……私には、残念ですが」
「でもお前も、少しは望んだのだろう? この世界が終わるまでに、永遠に失われるはずだった関係を、少しでも取り戻せるということを」
「……少しは。でもそれ自体に、意味なんてあるのでしょうか。終わったら、取り戻せた事実すらなくなってしまうのに」
「なんでも、後味は悪いよりいいほうがいいさ。こんな最悪な状況下でも、な」

 彼の言葉に重みを感じてしまうのは、やはりこの世界が終わらせるために作られた世界だということ、何よりも実感している人間の放つ言葉だからなのだろう。

 まあ、また迷惑をかけるだろうが、そのときはよろしく、と最後に言葉を残して、ゲームマスターは消えていった。
 後に残された私は、仕方なく、これからのことを考えてみる。この世界のルールは簡単なようで難しい。今までと同じことを、あまり間違えずに行っていかなければならないのだから。
 
 今度は、彼は間違えない。
 だから私は前回のことをすべて忘れることにした。それでもきっと、彼はひっぱる手を間違えないはずだから。



 ――だけど。唇に残った温かい感触と、耳の奥に残る心音だけは、忘れないことにした。
posted by ys at 07:18| Comment(0) | 短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。