2008年08月01日

(短編)無題01

  それはまるで、甘いくせに苦い、マーマレードのように。

・ネタばれ度:25%
・とっても短い




 まだ夏本番まで遥か先だというのに、日差しはいつもきつい。
 長袖を着こんでいる身としてはこの時期の紫外線は気にならないが、暑さ自体はどうしようもなく、身体から生気を奪っていく。
 どうやらそれは人間だけでなく草木も同じようで、芝生の緑にも元気がない。水をまいてもすぐ水蒸気と化して大気中に散っていってしまうのだ。空へと帰っていった水たちは、なかなか雨となって帰ってこない。

「……どうせなら、暑さを感じない世界ならいいのに」

 ブラウスのべとつきがいい加減に気になってきて悪態をついてみる。何もかわらないのはわかっているが、せっかくならそんな世界があったって構わないと思う。

「そんな世界には何の魅力も感じないだろう?」

 別に誰かに聞いてほしくて呟いたわけではなかったのに、背後から回答が返ってくる。

「来ヶ谷さん……できれば、いきなり声をかけるのはやめてください。毎回毎回……」
「何、これも一種のアイデンティティというやつさ」
「あなたの場合は単に悪趣味が顔を出しただけのような気がしますが」
「はっはっは。気にすることは何もない」

 これ以上付き合っていると頭がまいってしまう。
 芝生の様子も把握できたし用はなくなったので、次の仕事に移ろうと足を進めたところで、

「まあ待ちたまえ」

 呼び止める声に律儀に歩みを止めてしまう。

「何の用でしょう? 来ヶ谷さんが私に用事があるようには思えないのですが」
「ふむ、まあ大して重要なことではないのかもしれない。でも少しだけ、聞いておきたいことがあるのさ」

 彼女に口で勝つことはおそらく不可能なので、仕方なく振り向いてみると、案外(失礼かとは思うが、普段の彼女からは想像できない程度に)真面目な顔をした人間がそこにいた。


「佳奈多君、君はマーマレードは好きかい?」


 飛んできた質問は、思いのほかに真面目ではなかった。

「あの、真面目な話を想定していた私のこのやるせなさはどこにぶつければ?」
「いや実に真面目な話のつもりなのだが。気になったのさ、君がマーマレードが好きかどうかを」
「……嫌いです。そもそも私は柑橘類が食べれないので」
「そうか、それは実にもったいないな。まああの皮の苦味がだめだ、という人も多いようだが」
「それ以前に柑橘類がだめなので」
「ふむ……」
「ところでこの質問に何の意味があったんですか」
「あるから聞いているのだよ。世の中にはマーマレードが好きな人間もいれば嫌いな人間もいる。それを確認できたことは上出来さ」
「そのこと自体に既に意味がなさそうなんですが」
「何、君が私に対して敬語を使うのと同じ意味はあるさ。私にとってはね」
「なるほど、それは大きな意味がありそうですね」
「……まあ何も言わないでおこう。食べれないのなら仕方ないとしておこう」

 そう言って彼女はなぜか微笑みを浮かべた。
 何のことを言っているのかわからないことにしたかったので、その笑みについては何も追及しない。

「さてそろそろ私はいくとするよ。いつまでも風紀委員長を呼び止めておくのも悪いだろうし」
「そう思うのなら質問の前で切り上げてほしかったんですが」

 はっはっはと、女性にしては似つかわしくない、だけど彼女には似つかわしい笑い声をあげて彼女は去っていく。

「……マーマレード、ねえ」

 マーマレード好きな人間がいたことを思い出し、すぐに頭の中からかき消す。今はまだ苦味だけしか思い出せなかった。




 そして後日、いやがらせのようによくわからない柑橘類系のキャラクターのマグカップを渡されるのだった。
posted by ys at 07:13| Comment(0) | 短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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